円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

不安な心はどこにある?

達磨様が中国へ渡った頃、仏教はすでに伝わっていました。しかし、「悟りを得た」と納得できていない人が、実はたくさんいたのです。

そして、「達磨大師という方がいて、この人が本当の仏教を知っている」と噂になっていったようです。少林寺でひたすら坐禅を続ける達磨様の元に、「是非教えを乞いたい」という人が度々訪ねて来るようになりました。

のちに二祖と言われる慧可(えか)も、その一人でした。
禅は厳しい修行だから、そんなに簡単にわかるものではないと言う達磨様に、慧可は自分の片臂(ひじ)を切り落として見せ、強い決意を示します。

「仏教を学び、修行もしてきたけれど、いまだに不安でたまらない。本当の悟りを得ていないという不安が、自分の中にある。どうしたらいいのでしょうか?」

そう訴える慧可に、達磨様は答えます。

「じゃぁお前、不安だ不安だというその心をここに持って来い」

その心を、慧可は探し回りました。しかし…
「ついに不可得(ふかとく)なり」と。
つまり、その心を持って来ることはできない。

達磨様にそう打ち明けたところ、
「おお、もうこれでお前は安心しただろう」
と言われます。

この達磨様とのやりとりの中で、慧可は悟りのきっかけを掴みます。
そして、禅の教えを継ぐことになります。
 
禅は、中国人に理解され、伝えられていきました。しかし初めの頃は本当に「知る人ぞ知る」というところで、静かに深まっていったのだと思います。

禅が中国的に進化したのは、六祖となる慧能(えのう)の時代(唐代中期)です。
六祖の伝記は、長くなってしまうので、また別の機会にお話します。

 

慧可:487~593 禅宗の二祖。洛陽(河南省)の人。6世紀中頃、東魏(南北朝時代の王朝)で布教活動を行った。
慧能:638~713 禅宗の六祖。新興(広東省)の人。優れた弟子を多く輩出した。
 

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