円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

対機を捉える〈1〉

円覚寺の修行や、その後のさまざまな経験を通して、私は「対機(たいき)」というものを学びました。

 
葬儀中など、参列者の視線を敏感に感じます。
早く終わらないかなと子供たちがウンザリし始めたり、お経をBGMとしか思えない人が多かったりする場合など、これはもう読経を途中で止めて話をした方がいいな、という時があります。
逆に、お年寄りが真剣に合掌し、仏教の知識が深い人が集まっている場合など、祈りとしてのお経を淡々と読むことが、ご遺族の慰めになる時もあります。

 
どのようなタイミングでどういう話をするかによって、皆さんに聴いていただけるか、その胸に響くかどうか、変わってくると思うのです。
私は、その刹那(せつな)ごとに、語りかける言葉を選ぶようにしています。

 
―― 引き続き明日も、この話を続けます。
 

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