円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

ホスピスで…〈2〉

ホスピスで開くお話の会、最初の頃は5〜6人の時もありました。
それが、患者さんのご家族だけでなく、そういうことを考えているという人まで口コミで伝わり、今は数十人にふくれあがっています。

ご家族を亡くす悲しみは、人によって違います。
悲しみを受け入れ、それを乗り越えていける人もいれば、日頃、気丈な方でも立ち直れなくなってしまうことがある。
人の心の強さというのは、わからないです。本当に、体験しなければわからない。
ですから、覚悟を決めたり、諦めたり、いろいろな視点から「死」を見つめ、接しようと試みています。

皆さんが求めているのは、やはり生死(しょうじ)の話。
「死んだらどうなるのだろうか」
それを考えると、じゃぁ「生きている」っていう意味は何なのですか、というところに尽きるのです。

そこのところは、いろいろな話し方があると思いますが……
最終的に「生きる」ということは、
「今日を生きる」
「今を生きる」
ということではないかと思います。
 

—— 引き続き明日も、この話を続けます。
 

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