円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

松無古今色(まつにここんのいろなし)

今日は掛け軸についてのお話です。

jiku_20141225

「松に古今の色無し」
朝比奈宗源(あさひなそうげん)※1/筆

いつも青々としている松は、不思議な力をもっています。

庭に松が有るのと無いのとでは、格段の差があるように感じます。
苔、椿、ツツジ、サツキ……さまざまな緑のどこに置いても、松は際立つような気がするのです。
もう何をとっても一番上等というか、上座に置いておかしくない存在感がある。

手をかけたら手をかけただけ良くなり、老木になっても美しい緑をたたえます。
時が経てば経つほど幹は貫禄がついてくるけれど、ゴツゴツした感じは決していやらしくない。
ケバケバしくもなく、トゲトゲしくもなく、むしろ時代を越えた重みを感じます。

それから、「今年の松の色は、ちょっと色が褪せている」などとは言いませんよね。
ペンキで塗った色のように陳腐化せず、今年は今年の新鮮な青さが光っています。
 

今日の軸の言葉「松無古今色(まつにここんのいろなし)」は対句の上の句で、このあと「竹有上下節(たけにじょうげのふしあり)」という句が続きます。

四季を通じ、また長い年月を経て変わることのない緑の葉を茂らせる松は、無差別の側面を表します。
一方、はっきりと上下の節がある竹は差別(区別)の側面を表しています。

茶道では「和敬清寂(わけいせいじゃく)※2」という言葉が重んじられています。
この「和」の著語(じゃくご)※3として「松無古今色」、「敬」の著語として「竹有上下節」がよく用いられます。
そのようなこともあり、「松無古今色 竹有上下節」は、年頭や還暦・古稀祝賀などの茶会にふさわしいめでたい句とされています。
 

松は正月をはじめ、祝い事の筆頭となる樹木です。
百年も千年も変わることなく、いつも新鮮で瑞々しい松の緑のように、2015年の正月も新たな希望をもって迎えたいものです。

 
※1 朝比奈宗源(1891~1979):明治、大正、昭和期の臨済宗の僧。号は別峰(べっぽう)、平等軒。京都妙心寺や鎌倉円覚寺などで修行。臨済宗円覚寺派管長。世界連邦日本仏教徒協議会会長。また、人気テレビ時代劇に題字を揮毫したことでも知られる。

※2 和敬清寂:茶道の精神を表現するのに用いられる語。「和敬」は茶事における主客の心得を示し、「静寂」は茶室・茶庭・茶器など全般に備わるべき心持ちを示す。

※3 著語:古則公案となった禅の語録に対して寸評を下すこと、また、その評言のこと。

 

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