円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

露堂々(ろどうどう)

雲頂菴のHPリニューアルから約4か月がたちました。

これまでは、隔週木曜日に掛け軸の話をしてきました。
2015年の年明けからは、月に一度(月曜日更新)掛け軸の話をする予定です。
また新たに、月に一度(月曜日更新)雲頂菴に伝わる古文書をご紹介してゆきたいと思っています。
 

今日は掛け軸についてのお話です。

jiku_20150119

「露堂々」
朝比奈宗源(あさひなそうげん)
/筆

 

「明歴々(めいれきれき) 露堂々(ろどうどう)」と、対句で知られている言葉です。
「明歴々」とはつまり、はっきりと明らかであること。
そして「露堂々」とは、その明らかなものが、何ひとつ隠すことなく堂々と露(あらわ)れている、ということです。

一般的に、「真理」とは高尚深遠であり、どこかに隠されている奥深いもののように考えられています。
しかし、大宇宙に遍満(へんまん)するエネルギーは、路傍の一木一草にいたるまで貫かれていて、季節ごとに花をつけたり、馥郁たる香りを放ったり、それぞれの法性(ほっしょう)を堂々と具現しています。
このようにあからさまで隠すところなど微塵もない「真理」が見えないとすれば、それは己が見ようとしていないか、眼が曇っているにすぎない。

また、この「露堂々」の三字を、私は「堂々としている様」というふうに捉えます。
お金持ちだから、社会的地位があるから、勉強ができるから…とえばっている「堂々」ではありません。
皆、その人その人の存在価値があるわけだから、どの人も卑下することなく自分をありのままに露していればよいのではないか、堂々としていればよいのではないかということです。

年の初め、このような気持ちで「露堂々」の句を選んでみました。
 

来週は、雲頂菴古文書「後醍醐天皇綸旨(りんじ)」をご紹介する予定です。
 

※朝比奈宗源(1891~1979):明治、大正、昭和期の臨済宗の僧。号は別峰(べっぽう)、平等軒。京都妙心寺や鎌倉円覚寺などで修行。臨済宗円覚寺派管長。世界連邦日本仏教徒協議会会長。また、人気テレビ時代劇に題字を揮毫したことでも知られる。
 

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