円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

古文書「波多野景高代経貞軍忠状案」註〈語句〉

昨日は雲頂菴に伝わる古文書「波多野景高代経貞軍忠状案」をご紹介しました。
今日は、この古文書に出てくる言葉のご説明をいたします。

〔註〕
※ 軍忠状(ぐんちゅうじょう):一見状・証判状ともいう。
武士が合戦において自分自身や一族郎党の軍功のありさまを、大将や軍奉行などに申し出て受けた証明文書。後日の恩賞に備えた。

※ 案(あん):案文(あんもん)のことで、文章の写しをいう。

※ 侍所(さむらいどころ):御家人(ごけにん)または軍兵を統制する責任者。大将。
もともとは、宿直して警衛にあたる侍者の詰所の意。
鎌倉・室町幕府では、家人を統制し検断する職務名称であったが、15世紀後半の応仁の乱後に衰退した。

※ 手(て):軍勢、または軍勢の集団。

※ 小手指原(こてさしはら)合戦(かっせん):観応3年(正平7年/1352)閏2月28日、宗良(むねなが)親王《征夷大将軍》・新田義宗(にったよしむね)らが、現在の埼玉県所沢市小手指町ほかで足利尊氏軍に敗れ、義宗は越後国(新潟県)へ走った。
この合戦で、波多野系の松田・河村両氏は、新田勢に味方している。

※ 懐嶋(ふところじま):現在の茅ヶ崎市海岸部の一帯。懐島。
建久元年(1190)10月3日、源頼朝は上洛のため鎌倉を出発し、「相模国懐嶋」で宿泊したことが知られる《吾妻鏡》。
軍事・交通上の要衝であった。

※ 亀鏡(きけい):「ききょう」とも読み、亀鑑(きかん)ともいう。
証拠・証文・手本・模範の意。
亀は吉凶を占い、鏡は物の形をうつすことから、ともに人びとの従うもの、が原義である。

※ 如件(くだんのごとし):件(くだん)は「くだり」の音便で、前文にあげた事柄、または個条の意。
ふつうは、文書の末尾に「仍(よって)……如件」《従って以上の通りであるの意》と記される慣用句として用いられる。

※ 承了(しょうりょう):「承り了(おわ)んぬ」。
承知すること。ききいれること。

※ 在判(ありはん):「ざいはん」とも読む。
古文書の正本の写しや控えで、花押(かおう)《書判・かきはん》や押印のあったことを示す語。
 

明日は、この古文書に関係する人物について解説いたします。
 

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