円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

山花開似錦(さんかひらいてにしきににたり)/澗水湛如藍(かんすいたたえてあいのごとし)

今日は掛け軸についてのお話です。

jiku_20150312

「山花開似錦 澗水湛如藍」
今北洪川(いまきたこうせん)/筆

 
これは文字の通り、「山花は錦のように咲き、下を見ると谷川の冷たい水が藍色に澄んでいる」という、春の躍動する姿を描いた句です。
「水に映る花を楽しむ」という意味もあるのかもしれません。
 

出典は、臨済宗の公案を集めた『碧巌録(へきがんろく)』82則。
ある僧の「肉身は死ねばなくなるが、堅固なる法身(ほっしん)はどうなるのですか」という問いに対する、宋代の禅僧大龍智洪(だいりゅうちこう)の応答です。

つまりこの句を禅的にとると……
花は散るし、人間もいずれ死んでしまう。そういうなかで、春が来れば花が咲き、またそれも散っていく。水はこんこんと流れてとどまらない。
「このような無常の姿こそが、お釈迦様の教えの神髄であり、一番ありがたく大事なことなのだ」というような意味でしょうか。
 

私は、手元にある掛け軸を、春夏秋冬それぞれの季節に掛けるもの、正月など特定の数日間に掛けるもの、季節感の無いものというように一応分類しています。
その中で、春という季節のお軸が一番多いのですが、この季節になると意外に目移りしてしまいます。
いったい何を掛けていいか、迷って選びきれない。
あとになって、「これを掛ければ良かった…」などということが多いです。
 

春は一番好きな季節です。花が次から次へと咲くし、「今年は、○○しよう!」という勇気が湧いてきます。
やはり、美しいものはいいですね。
花を見てきれいだと、
「あぁそうか、じゃあこの花を今度は、あそこへ植えよう」
「あぁこの花は、そんなに面倒をみてあげなかったのに、ちゃんと咲いてくれるんだ」
など、いろいろなことを思います。
 

※ 今北洪川(1816~1892):幕末・明治期の臨済宗の僧。号は洪川、虚舟、蒼竜窟。
円覚寺派初代管長。在家者の居士(こじ)禅を盛んにし、のちに弟子の釈宗演や鈴木大拙らによって開かれた新しい時代の禅の基礎を固めた。

 

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