円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

漱石の小説〈2〉

昨日お話した『吾輩は猫である』の
「天然居士は空間を研究し、論語を読み、焼芋を食い、鼻汁(はな)を垂(た)らす人である」という一文は、臨済宗の公案を集めた『碧巌録(へきがんろく)』34則に出てくる懶瓉(らんさん)和尚の故事を踏まえた文章です。

つまり、「自分の友人が亡くなって墓碑銘を書く」というこの一節の裏側に実は、漱石の知識や考察がちゃんとあるのです。
 

懶瓉和尚は唐代の僧で、非常に深い見識をもっていましたが、名声や地位に興味がなかったため市井(しせい)に下りず、山奥で清貧の暮らしをしていました。
懶瓉の評判を耳にした時の皇帝(徳宗)は、自分のブレーンにしたいと考え、山奥まで使者を送りました。

懶瓉は、鼻水を垂らしながら焼芋を焼いていました。
皇帝の使者が鼻を拭うように勧めると、「私は焼芋を食べているのだ。俗人の為に鼻を拭う気なぞない」とあっさり断りました。
使者からその話を聞いた皇帝は、たいそう賞賛されたといいます。
 

漱石は、この懶瓉和尚の話を天然居士に重ね合わせて書いています。

このように、漱石が文章のあちらこちらに書いていることは氷山の一角のようなもので、その底には、もっともっと深いもの、複雑なものがたくさんあるのだろうと思います。
 

――引き続き明日も、この話をします。
 

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