円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

将軍家足利尊氏御教書案

今日は雲頂菴古文書をご紹介します。
 

将軍家足利尊氏御教書案(文和2年5月25日)

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〔解説〕
文和2年(正平8年/1353)5月25日、将軍足利尊氏(たかうじ)が、南朝方を攻撃するため、京都へ馳せ参じて忠節をつくすよう波多野景高(はたの かげたか)へあてた文書。
景高は来月7日以前に仁木三郎頼夏(にっき さぶろう よりなつ)の軍に参加して上洛せよ、不参の輩は厳重なる裁断あるべし、とのべている。

〔註〕
※ 御教書(みぎょうしょ):「みぎょうじょ」とも読む。
御判(ごはん)の御教書とよばれるもので、南北朝・室町時代において、将軍が花押(かおう)を書いて、直接発給する形式をとった文書。
将軍の花押は尊氏・義詮・義満の三代に多く認められる。

※ 案(あん):案文(あんもん)のことで、文章の写しをいう。

※ 対治(たいじ):退治。亡ぼすこと。
自分に敵対し害をなす者を討ち滅ぼして、その息の根をとめること。

※ 手(て):軍勢、または軍勢の集団。

※ 如件(くだんのごとし):件(くだん)は「くだり」の音便で、前文にあげた事柄、または個条の意。ふつうは、文書の末尾に「仍(よって)……如件」《従って以上の通りであるの意》と記される慣用句として用いられる。
 

明日は、この古文書に関係する人物について解説いたします。
 

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