円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

古文書「将軍家足利尊氏御教書案」註〈人物2〉

昨日に引き続き、雲頂菴古文書将軍家足利尊氏御教書案に関係する人物について解説いたします。
 

波多野景高(はたの かげたか)

生没年出自等は未詳。
足利尊氏のもとで活躍した武士である。

※ 詳しくは、2月25日の古文書「波多野景高代経貞軍忠状案」註〈人物〉をご参照ください。
 

仁木頼夏(にっき よりなつ)

生没年未詳。
仁木は「にき」とも読む。
『姓氏家系大辞典』によると、三河国額田(ぬかだ)郡仁木村《愛知県岡崎市仁木町》から起きた清和源氏足利氏の庶流で、足利氏中の大族であるといい、一族の仁木義長は南北朝期に当国の守護であったという。
同郡は重要な足利氏所領の一つで、足利氏はここに公文所をおいて支配した。

頼夏は頼章(よりあきら)の子で《実父は細川和氏の子という》、三郎。
左京権大夫・中務少輔と称した《尊卑分脈 》。
仁木氏のほかに勢力を保有したのは、一色・細川・吉良の各氏であった。
 

※『尊卑分脈』:源氏・平氏・藤原氏・橘氏・菅原氏など主要な諸氏の系図の集大成。洞院公定(とういんきんさだ)の編著で、南北朝時代末に成立した。姓氏家系を調べるのには欠くことのできない重要な史料とされる。
 

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