円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

豊かになった世の中で〈1〉

3月下旬頃から、一気に境内が華やかになりました。
そして、いよいよ新年度が始まる4月です。
 

私は以前、ある大学で時間をいただき、宗教について学生に教えたことがあります。
その時、教務課で、「大人数の教室だから、私語が蔓延しています。和尚さん、覚悟してください」と言われました。

教壇に立って、「これは、予想を超えている……」とビックリしました。
学生たちの机の上にペットボトルが載っていて、食べたり飲んだりしながら受講しているのです。
それに授業中でも構わず、携帯電話をいじっている。

私たちの時には、考えられないことです。
「自分たちは教えていただく立場なのだ」って仕込まれていましたから。

それでも、一所懸命にちゃんと芯のある話をすると聞いてくれます。
ところがちょっと外れると、台風の時の風のように、お喋りの波がドワーッ、ドワーッと来るのです。

指導者が通り一遍の方法に沿ってやっていたら、若者は見向きもしないのだな、と感じました。
なぜなら彼らには、もっと興味をそそられるもの――携帯電話やタブレットなど――が、いくらでもあるのですから。
それ以上の興味を惹くものを私たちが提供できなかったら、若者たちの耳目を惹くことはできないということです。

つまり、若者たちというより、実は、教える側に立っている年長の者の方に、どうも現代の問題があるのではないかと感じています。
 

――引き続き明日も、この話をします。
 

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