円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

豊かになった世の中で…〈4〉

今日的な若者のリードの仕方というものを、私たちはちょっと甘くみていたのかもしれません。
やって見せればわかるだろう、背中を見ておぼえるだろうって思っていました。
しかし今、背中を見ておぼえる若者なんて、そうはいません。
言って、やって見せて、経験させなければ、ついてこない。

すべて揃っているところに生まれ育ってきた若者は、「ゼロからやれ」と言っても、そのやり方がわからないのです。
長い廊下の雑巾がけをやれと言ってもできません。
ターっと走っていく雑巾がけを、やったことがないからです。
やったことがないのですから、「お前、こんなことも知らないのか?」って怒ってもダメなのです。
教えなければならないのです。

どこまで与えるのか、何を奪うのか……それを「与奪」と言います。
「与奪(よだつ)」の手際がととのっていないと、若い世代は育ちません。
「昔の通りやれ」と言ってもできないし、与え過ぎてもダメになってしまう。
人生経験豊富な者たちが、与奪自在でいなければならない。
これまでの自分の人生を振り返って、若い人たちに教えていかなければならないのだろうと思います。
 

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