円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

単調な毎日〈3〉

朝、寺の庭掃除をしながら、外のトイレ掃除もやっています。
禅寺では、トイレのことを「東司(とうす)」と言います。
お寺の一番いいところにトイレを造ります。
トイレは汚くなるところ。だからこそ、きれいにしておくのです。
きれいにしておくと、汚しづらいみたいです。

でも時々、悲惨な状況になっていることがあります。
「詰まっちゃった」と言われ、「何で詰まるわけ?」って愕然(がくぜん)としたり、たくさん入れておいた紙が無く、「いったい誰が持っていったんだ?」なんて驚いたり。
単調なトイレ掃除も、なかなか変化に富んでいます。

手拭いやタオルを掛けていた頃は、その洗濯もしなければなりませんでした。
けれども今は、ペーパータオルを置いています。
最近はいろいろな洗浄剤もあります。
ですから昔に比べて便利になったし、掃除がずいぶん楽になりました。

父からよく、「ちゃんと便所の掃除をしていればいいんだ」と言われました。
父というか、私の師匠ですね。
父親だけれど、私は弟子なので師匠になります。
「いいんだ」っていうのは、それだけでいいということではありません。
そこがスタートだ」ということなのです。
 

――引き続き明日も、この話をします。
 

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