円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

失って初めて気づくこと

月曜日にふれた、あるお通夜の晩の話に戻ります。

亡くなったご主人は、生前からお寺によくおいでくださっていました。
奥さんがきつく当たっても、ワガママを言っても、みんな聞いてくれるような方だったそうです。
それで、自分の母親から「もっと優しくしてあげなさい」といつも叱られていたけれど、奥さんはさんざんワガママ放題してきた。

しかし失ってみて初めて、「自分の連れ合いは、なんと寛容だったか」と気がつき、今は本当にご主人に感謝している。
けれども生きているうちは、「ありがとう」って言えなかった……と、その奥さんは話してくださいました。
つつがなく暮らしてきたそのお二人も、失って初めて気づくことがあったという。
 

つまり、最後は死というものをもって、周囲の人に教えるわけです。
死なないと伝わらないものもある。
死んで初めてわかることが、たくさんあるのです。
だから私は、あまり「死」というものを恐れず、忌み嫌わずに考えていただければいいなと思うのです。
 

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