円覚寺 塔頭 雲頂菴

菴主の話

雲頂菴という寺を守る住職として、日々考えていることをお話していきます。

誰やらの 心に似たり秋の月

今日は掛け軸についてのお話です。
 

≪ 円相 ≫
「誰やらの 心に似たり秋の月」
誠拙周樗(せいせつ しゅうちょ)/筆

誰やらの 心に似たり秋の月

拡大する

暑い夏がようやく去りました。
本当に、あの暑さは何だったのだろうという感じですね。

今週の日曜日(8月30日)は満月で、9月27日には十五夜を迎えます。
そこで本日は、円相を月になぞらえて表現している書画をご紹介いたします。

「誰やらの 心に似たり秋の月」
誰が書き始めたのか——この句の出典はちょっとわかりません。
多くの人が、いろいろなふうに書いていますけれど、円相と合せて書くことによって印象を深めたり、強調したりしているように思います。

「円相」について語り始めてしまうと、禅の境地だとか、円満な形であるとか、本当に次から次へと出てきてしまいますから……私は、そこまで難しく考えなくたっていいじゃないか、と思っています。

この円を満月と見立て、詩句の方に重きを置いてご覧ください。
まろやかで欠けるところも余すところもない、そういう穏やかな心、あるいは透き通った心をもてるようにしなさいっていうことなのかな、と私は勝手に解釈しています。

また、夏の暑さがなくなって空気も爽やかになり、「美しい月が見える季節になった」という喜びも感じます。

今のような明かりがなかった時代、人々は月の蒼い光を浴びて物思いにふけったり、想像をめぐらしたり、学んだりしていました。
そして月を見て時を知り、季節をはかっていました。
昔の人にとって、「月」は非常に身近で大事なものだったのだろうと思います。
 

※ 誠拙周樗(1745〜1820):江戸中期〜後期の臨済宗の僧。号は無用道人(むようどうにん)。諡号(しごう)は大用(だいゆう)国師。退廃していた円覚寺を立て直し、僧堂(専門修行道場)を再建した。禅道修行の基礎を築いた円覚寺中興の祖。
 

コメントはまだありません