円覚寺 塔頭 雲頂菴

歴史

雲頂菴沿革

雲頂菴は、もとは禅宗では五山、十刹に次ぐ寺格「諸山」に列せられていた大崎山 長勝寺の塔頭でした。

長勝寺は1296年、大覚禅師 蘭渓道隆の法嗣 仏燈国師約翁徳倹により創建され、その後、二世 空山円印が開山塔頭として雲頂菴を興しました。開基は、長勝寺、雲頂菴ともつまびらかではありません。
鎌倉幕府の滅亡、南北朝の混乱、室町幕府の成立など激動の時代にもよく寺勢を保ってきましたが、永享の乱(1438年)によりすっかり衰え、かろうじて命脈を維持していたところ、文明年間の1460年前後から、主の関東管領 上杉氏をおさえて台頭してきた長尾氏 ― 長尾尾張守 忠景・顕忠父子 ―が後ろ盾となって(中興開基)再び寺勢を盛り返し、戦国の乱世の時代に大檀那 長尾氏の厚い外護のもと寺勢を保ち、円覚寺において中心的な役割を果たしました。

その後、江戸時代に入って円覚寺の塔頭に列せられ、今日に至っています。

※ 現在、長勝寺は存在しません。

年譜